「日本の医療、介護」を考える

特集「日本の医療、介護」を考える
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
  
その1 「一言申す」  文責:三四郎
 
素晴らしい医師が数多くいることは承知の上で、あえて言わせていただきたい。

「医は仁術であり算術ではない」。

多くの国民が物価の高騰、国民健康保険税の高騰、医療費の自己負担金の上昇などで困窮している。

国は予算の枯渇で困難な状況に直面している。

政府は特に高齢者医療に関する問題に躍起になっているようだ。

現役世代3人で高齢者1人を支えているとよく聞くが、私達高齢者も同じく保険料を払っているのである。

この様な話はいつも話題にあがる。

しかしながらそれに比べて、医師や病院から苦しみの声は聞こえてこないように思うのだがいかがだろうか。


  果たして医師と病院の現状はどうなっているのだろう。


1.民間の給与は減少しているが、過去10年間患者数は減少しているにも拘わらず、医師の報酬は減少していない。

2.税制面で数々の優遇策がある。

3.患者一人当たりの医療費は、平成元年から現在までに19万円から37万円に倍増している。

4.患者数が少なくなった分を補填するために、
 一人当たりの医療費を上げているのではないかという医療費の水増し、
 さらには架空の病気と診療報酬の水増しといった疑惑に関する議論が、国会でも度々取り上げられている。

5.国会議員に対する日本医師会の献金高は、年間16億4千万円(2014年実績)と
 ずば抜けて一位であり、国会と議員に対するロビイストとして純然たる影響力を擁している。
 (安部首相に1億4千万円、武見議員に1億円の献金)。

このように日本医師会は多額の献金により、病院、開業医、勤務医師にとって有利な新法をつくり出すべく

国会への強固な働きかけを行っている。

このような状況では、今の国会では日本の医療費問題を追及することなどできようはずがない。

確かに医師というのは大変な仕事である。

真夜中でも往診に出掛け、日曜日もない時もある。

昼休みをとることが出来ないこともあるだろう、

もっと言えば、誤診で責められることもある。

しかしそれらには、高額の収入という対価が帰ってくる。

医師という仕事も大変だが、一般の仕事も相当大変である。

結論として私が言いたいのは

「日本医師会が多額の献金を継続する限り、

国民の医療費負担は増え続け、国の財政難は解決しないであろう」ということである。



その2 「スウェ-デンの医療、介護」 文責: Ai. T. K. インタウォン

福祉大国スウェーデンでは、「寝たきりゼロ」だそうだ。現代ビジネスのWeb記事にそうあった。

(現代ビジネス: http://gendai.ismedia.jp/artides/-/45510)
  
「スウェーデンの健康寿命は、日本のそれよりも相当長いのだろうか」と思ったが、

よくよく記事を読んでみると、健康寿命が長いというわけではない。

要介護の人であっても、ベッドの上での排泄や食事をしない。

つまり、それをもって「寝たきりではない」と言っている事が判った。

スウェーデンでは要介護の高齢者であっても、

日中パジャマのままでいることはしない。

たとえ認知症であっても、寝たきりにしない。

体に不自由がある人も認知症の人も、介護者が手助けをしての在宅介護が基本である。

介護サ-ビス付きの特別住宅もあるが、

入居者は在宅での介護ができなくなった人のみで、人生の終末期のほんの一時期だけをそこで過ごす。

さらに在宅介護ではあるものの、家族との同居率は極めて低い。

スウェーデンで介護の中心を担うのは、要介護者の家族ではないのだ。

少々古い資料になるが、2010年内閣府共生社会政策が行った

「第7回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果」

を見ると、配偶者(あるいは事実婚のパートナー)を除く家族、親族と暮らしている

スウェーデン高齢者は2.7%であった。

同調査における日本の高齢者の家族、親族との同居率は68.7%と明らかな違いがみられる。

しかもスウェーデンでは、高齢者の34.1%が一人暮らしをしている。

それと比較して、日本の一人暮らし高齢者は12.8%である。

(共生社会政策 http://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h22/kiso/zentai/pdf/3-12-4.pdf)

なぜスウェーデンでは、要介護者が一人暮らしをすることが可能なのだろう。

その鍵は介護福祉に携わる人材にある。

スウェーデンの介護士は公務員であり、安定した職場といえる。

例として3万人の自治体に2,300人の自治体職員がいて、

そのうち400名が介護福祉士というケースがあげられている。

その数多くいる介護福祉士が、要介護者の自宅に一日に5回、6回と通う。

トイレ掃除にベットメイク、生活の補助を短時間で行い、

それが終わると次の家庭を訪問する。

介護される本人の意思が一番大事にされ、要介護の高齢者も自立した強個人として、

人間としての尊厳が守られているように思う。人生を楽しむことが、人間の権利として守られているのだ。

私の母は今年74歳。日本で一人暮らしをしている。

その母が言うには、デイサービスや自治体主催の高齢者対象の集まりに行くと、

まるで幼稚園児のように扱われているように思えて居心地が悪いのだそうだ。

日本で介護に携わる人は、過酷な労働条件にも関わらず、高齢者の為にと行動する人達だと思う。

しかしながら、高齢者の人間としての尊厳、人生を楽しむ権利については、

まだまだ考慮の余地があるように思う。

また、社会の共通認識についても、

過剰な医療行為を行わずにあるがままを受け入れ、

当人が希望したことに対してはなるべくその希望に沿い、

希望に沿った結果は自己責任であると考える社会に変わっていく時がきているのかもしれない。
  


その3「欧米医療の現状」

西欧の国々と日本では、高齢者医療に関する考え方に大きな相違点が幾つかあります

* その問題点は、

1.欧米、豪州では点滴、経管栄養をしない延命は人間の尊厳を損なう---倫理上の問題

2.医療費の抑制高齢化により医療費が増大する---財政上の問題


* 医療の参考例
<終末期人工栄養(点滴、経管栄養の比較)>
   
( 国名 )     ( 人工栄養 )
スウェ-デン       しない
オ-ストラリア      しない
オランダ         しない
オ-ストリア       少ない
スペイン         少ない
アメリカ         州により異なる
日本           多い

特に高福祉の国で知られる

スウェーデンの「高齢者終末期医療」については、

鎮痛剤、解熱剤、精神安定剤のみを用いた緩和医療のみを行います。

また測定では、血圧、体重尿量測定は行わず、抗生剤、昇圧剤、利尿剤は使用しません。

また、点滴、経管栄養はせず、血液透析、人口呼吸器装着もしていません。


これらは次の様な考え方からです。

1.無理に食事をさせてはいけない。

2.栄養状態改善のための積極的介入は、倫理的に問題がある。

3.脱水のまま死ぬことは悲惨であると思い点滴を行うが、緩和医療の専門家は経管栄養や点滴は有害と考える。

4.最も大切なことは本人の満足感であり、最良の点滴をすることではない。

5.経管栄養では、*栄養状態は改善しない *誤嚥を防げない *延命効果がない*痰を増加させる *身体拘束を伴う

6.終末期の脱水、低栄養の利点は嘔吐、痰、むくみが減り、呼吸が楽になり、痛み、苦しさが減る。


* これとは対象的な「日本の医療の問題点」です。

制度の問題と医師、医療・介護従事者、またこれに携わる者、家族を含めた

社会全体の意識改革が必要であり、特に医師の意識が重要であります。

倫理的に問題があるにも拘わらず、終末期に点滴、経管栄養を下記理由で行っています。

1.延命至上主義

2.本人の意思が不明
3.法的責任追及への恐れ

4.社会制度の問題(診療報酬、年金など)

”手袋がボロボロになったら手を守ることは出来ない様に、

体がボロボロになったら魂を守ることは出来ません”


SCCニュース第5号より



スポンサーサイト