チェンマイに住む、ある日本人御夫婦

◇タイ社会への融和その1 ある日本人御夫婦 ◇

チェンマイに住む、ある日本人御夫婦を紹介します。

匿名希望なので、J夫婦とします。

御主人の名前はTさん、奥さんの名前はH子さんと仮称します。

Tさんは、大手会社の製造部門で60歳定年まで勤務、奥さんは家事に専念されていました。
   
チェンマイに来られてから、10年経過しました。以下、二人の記憶からの抜粋です。


   Tさんが50歳を過ぎた頃、H子さんに言いました。

  Tさん 「オイ!お前さんよ! 俺はこの年までサラリ-マン生活をして来た。

  会社の仕事を一生懸命に勤め、お蔭様で平穏無事で来られた。

  しかし振り返ってみると、何か物足り無さを感じてならない。

  定年までまだ少しあるが、会社を辞めたら自分で何かしたい!と思っているのだが、どう思うかな?」

  H子さん 「お父さん!何か始めるとは、会社でもつくるの?」

  Tさん 「いやいや、そうではなくて、自分の意思で計画を立て、それに向かって行動することを考えているのだよ。

      昨日、会社の帰りに本屋に寄った時に、面白そうな本があったんだ。

     「年金でも出来る海外二人暮らし」とか書いてあったかな、

     それをペラペラとめくりながら読んでいるうちに、海外で暮らしてみるのも面白そうだな~と思ったんだよ。

     どうだ! 俺にしたら一大決心だろう!」

  H子さん 「えっ!!外国で暮らすの?--- でも、少し面白そうですね。その本を買って来て下さい!」


   そして、数日後Tさんは「海外二人暮らし タイ編」の本を買って来ました。


  H子さん 「お父さん!私も読みました。チェンマイという所は、そう暑くなく、

   生活費も安く、日本と同じ様に仏教国なので、安心するところがありますね。」

  Tさん 「お前さんもそう思ったかね。俺も同じだよ!それなら、ひとつ真剣に考えてみようかね。」


   それからの二人は、

   定年後に外国で暮らせる希望を見つけ、生活も一段と充実感を覚え楽しくなりました。

   ある日Tさんが言いました。

  Tさん 「オイ!お前さんよ! 外国へ行くからには、しっかりした決心が必要だと思うよ。

   俺は、永住の目的で行くよ。日本には帰らないつもりだ。

   昔、学生だった頃に「男子 志を立てて郷関を出ず、学、もし成らずんば 死すとも帰らず」

   とあいまいな記憶だけど、教わったことがあるんだ。

   だから外国へ出るのであれば、中途半端な考えでなく、二度と帰らない。俺は他国に骨を埋めるよ。」

  H子さん 「またまた固いことを おっしゃって! 舞台が変わるかも知れませんよ。

   諸行無常よ。世の中も人生も、舞台の様に変わっていくのではないでしょうかね


   そして、また数年が経ちました。


  Tさん 「定年が近くなると、会社や社員も冷たくなり窓際族だよ。

   役職もはずされてしまった。自分のことは二番目にし、会社一途に尽くして来たが、

   なんだかそれが空しい様な感じがしてならないよ。

   これからは、自分の為に、お前の為に何を成すべきかを真剣に考えることにしたよ。」

  H子さん 「私の為にも? ありがとうさんです!」

  Tさん 「家を売るよ! 日本には帰らないよ!」

  H子さん 「私がイヤ! と言っても聞かない貴方ですから、私は貴方に従いますよ。」


 やがてTさんは60歳定年になり、二人は一大決心のもとに日本の家を処分し、タイ国チェンマイに来ました。

 その4ヶ月前には下見の為に一度チェンマイに来て、コンドミニアムを予約しています。

 J夫婦には日本に子供が三人居りますが、子供達は各々独立し精一杯の生活をしています。

 そのため二人が介護状態になった時、子供達から世話を受ける事はしないという考えでした。

 そして自分達が介護状態になった時に、

 世話をしてくれる人をタイ国で探すという事が二人の生活設計に組み込まれていました。

 その為にはタイ国へ行ったら現地の人々と融和することに努め、

 現地の人々と交流し、現地の人々と同じ位置に立って考え行動する事を決めていました。

 そしてチェンマイに来てからはその決意に従い、近くにある市場で現地の人達と同じ物を買い、

 食し、人々と笑顔で挨拶を交わすように努めていました。


   チェンマイに来てから半年経過


 市場のある一角で、自分の家や近所で取れた野菜を持って来て売っている女性が居ました。

 いつもニコニコとして愛想が良く、とても親しみやすい親切な女性でした。

 H子さんは、自分の娘があの様であったらと、市場で買物をする度に羨望の眼差しでその女性を眺めていました。

 ある時、Tさんが提案しました。

 「今度、お前さんの誕生日に、あの女性を招待しようよ!」

 女性の年齢は40歳、名前はナーイ、一度離婚しており、一人娘は大学生まで育ててきました。

 ナーイさんはJ夫婦の招待に応じ、誕生日には娘さんと二人で来てくれました。

 ナーイさんも娘さんも外見通り、とても優しく素直なタイ女性でした。

 J夫婦はすっかり気に入ってしまい、それからは何かにつけ二人を呼び、一緒に行動し互いに融和を深めて行きました。


   チェンマイに来てから約1年経過


 ナーイさんは市場から離れた姉の所で、その家族と一緒に住んでいました。

 また、J夫婦が間借りしていたコンドミニアムは二部屋あり、一部屋を客室用としていました。

 ある時J夫婦は、その一部屋にナーイさんと娘さんも同居し、互いに助け合うことを考え付き、

 ナーイさんに提案しました。

 ナーイさんの娘さんは下宿していたので経済的な負担が軽くなり、

 また大好きなJ夫婦と一緒に住めるので、その勧めを有難く受け止めて同居することになりました。

 それからは益々互いの信頼関係の絆が深まり、真の親子の様になりました。


   そしてチェンマイに来てから1年半経過しました。


 ナーイさんの田舎へは何回も行き、両親や親戚の人達とは共に食事やお寺参りをし、親しくしていました。

 J夫婦は提案しました。”ナーイ! 私達の娘になってくれますか?

 ”ナーイさんは、大好きな御夫婦からの提案でしたので、大喜びで承諾しました。

 そしてJ夫婦はナーイさんの田舎へ出掛けて行き、両親の承諾をもらい

 結納金を納め、披露宴を催し、親族の人達にも親子関係になることを認めてもらいました。


   更に半年経過しました

 J夫婦はコンドミニアムの家賃を払うぐらいだったらナーイさん名義の家を買い、

 其処で一緒に住んだ方が良いことに気が付き、皆で相談し新築の家を購入しました。

 ナーイさんはじめ、両親、親族の人達からもたいへん感謝されました。

 ナーイさんは、タイ国の実父母と日本人の新しいパパとママができ、

 更に家をプレゼントしてもらい、J夫婦から経済的援助の他に、

 わが娘として親切にしてもらい心から感謝していますと言っています。

 またJ夫婦もナーイという娘さんと巡り合い結びつきが出来た事に感謝し、

 これから世話をしてくれる娘と孫ができたことに安心しています。


 J夫婦の弁です、

 ”外国で住む場合、一番大切なことは、「心の持ち方」ではないでしょうか。

 高齢者が外国で余生を過ごす、身寄りはない、他からの援助はないと思って、

 全てを自分の力と努力で環境を創り出して行かねばなりません。

 おかげさまの「感謝の気持」を持って生きること、

 自分の人生に「責任を持つ」こと、此処は異国の地、

 人のせいにしたり、何かのせいにしたりすることは出来ません。

 自分達が高齢である現実を見つめ、その身に合った座にしっかり座ることが大切ではないでしょうか、

 それをしていたら、

 新しい人生の楽しみや喜びにきっと出会えますよ!”。


現在のJ夫婦は、ナーイさんとその娘さんと本当の親子、孫のように互いに信頼と愛情に結ばれ、

そしてナーイさんの親族の人達や、近隣のタイの人々との

融和と恩恵を受けながら安心して余生を過ごされています。

小さな花ですが、此処にも日・タイ友好の美しい花が見事に咲いています。


SCCニュース第4号より







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