高齢者の終末期医療

■□■高齢者の終末期医療■□■
                               
山口 謙亨

ヨーロッパの福祉大国であるデンマークやスウェーデンには、

いわゆる寝たきり老人は居ないと言われています。

イギリス、アメリカ、オーストラリアも寝たきり老人はほとんど居ないとのことです。

一方、わが国のいわゆる老人病院には、

一言も話せない胃ろう(口を介さず、胃に栄養剤を直接入れるため、

腹部に空けた穴)がつくられた寝たきりの老人がたくさんいます。

不思議でした。

日本の医療水準は決して低くありません。

むしろ優れているといっても良いくらいです。

「なぜ、外国には寝たきり老人はいないのか?」


その理由は高齢あるいは、癌などで終末期を迎えたら、口から食べられなくな

るのは当たり前で、胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的

であると、国民みんなが認識しているからです。

逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるそうです。

ですから日本のように、高齢で口から食べられなくなったからといって

胃ろうはつくりませんし、点滴もしません。

肺炎を起こしても抗生剤の注射もしません。

内服投与のみです。

したがって両手を拘束する必要もありません。

つまり、多くの患者さんは、寝たきりになる前に亡くなっています。

寝たきり老人がいないのは当然です。



「胃ろうも点滴もしないで苦しくないのか?」

終末期の高齢者に胃ろうも点滴もせずに看取る国があるという話をすると、

きまって「餓死させるのか」、「飢えや脱水で、苦しんで死ぬのでは」という声が上がります。

お腹がすいて苦しいのが”飢え”で、飢えで死んでいくのが”餓死”です。

空腹を強く感じるからこそ苦しいのです。

終末期の高齢者は食欲がほとんどありません。

胃腸も弱り、食べ物も受け付けません。

かりに何か食べたいとしても、ほんの少し食べ物を口にするだけで満足します。

つまり”飢え”や”餓死”ではありません。

また、”口渇”を訴えるときは、少量の水や氷を口に含ませてあげるだけで喉の渇きが癒せます。

点滴では喉の渇きを癒せません。

日本にも自然な看取りをしている老人介護施設があります。

「皆さん眠るようにして亡くなられます」と言います。

私達が訪れた欧米やオーストラリアの施設でも同じです。

胃ろうも点滴もしないで、眠るように安らかに亡くなる、という事実を裏付ける研究があります。

動物を脱水や飢餓状態にすると脳内麻薬であるべーターエンドルフィンやケトン体が増えます。

これらには鎮痛、鎮静作用があります。

自然な看取りで亡くなった方にも同じ事が起こっているはずです。



「患者の快適さを重視」

患者の尊厳と生活の質(Quality of Life)を考えると、

終末期の高齢者に胃ろうを作ったり、点滴をしてまで

延命を図ることは非倫理的と考えるのが一般的です。

延命医療よりも、如何にして患者を快適にできるのか、

という緩和医療に重きが置かれています。

わが国では「何もしないなんて、かわいそう」、「餓死させられない」、「1日でも長く生きて欲しい」といった、

遺される家族の想いばかりが優先され、患者の気持を推し量り、

どうしたら患者の満足や幸福感を高め、身体を快適な状態にできるのか、

という緩和の考えが後回しにされてきたのではないでしょうか。



「延命治療拒否宣言書」

本人が正常な判断力や意思表示ができない場合、

緊急時や必要に応じて医療関係者に提示して、

本人の意思どおり(自己決定権の尊重)の死を迎えられることができるように書いたものです。

様式はいろいろあります。

(チェンマイ介護研究会にもありますので、御入用の方は御連絡ください。)



「高齢者の終末期医療」

日本人の死生観、宗教観といったものは、'根本的に欧米とは違っていると思います。

胃ろうを勧める理由の多くはエゴでもなければ金銭目的でもありません。

肺炎を繰り返す老人を家族が介護できないし、

入院しても結局高カロリー点滴で生かせることを望まれるケースが多いのです。


高カロリー点滴(中心静脈栄養)を長期間続けることは

新たなリスクを生み、高額医療となります。

そこでやむを得ず誤嚥性肺炎を起こしにくい胃ろうを提案することになります。

「胃に穴を開けるなんてとんでもない」と思われる家族も多いですが、

実際には安全で非常に管理しやすいし合併症が少ない。

そして不要になれば簡単に閉鎖できる。

そういうわけで長期高カロリー点滴を中止する目的で胃ろうを勧めるケースがほとんどです。

今の日本で、”たかが肺炎”で死なせたら家族から訴えられる可能性もあるし、

実際に肺炎が治って帰宅できる可能性もあります。

しかし癌の末期の方に胃ろうや呼吸器を装着することは無いと思います。


日本の医療、欧米の医療、その善し悪しを比べることは制度上意味がないかと思われますが、

他の国の老人の心の持ちようを知ることには意味があろうかと思います。

日本では、すぐ欧米と比較したがりますが、

より近い文化的価値観を持つアジア諸国の現状と比較しても、

日本の終末期医療はかなり突出して異様です。

胃ろう造設率は、多分世界中で日本だけが突出して多いということになるでしょう。

胃ろうは、病院から退院させるため、そして施設で引き取ってもらうために作られます。

これは価値観でなく、現在の医療制度から来る問題です。

施設で胃ろうが必要な理由は二つあります。

一つは手間の掛かる食事介助に十分な人手が不足していること、

もう一つは、経口摂取が出来ない方を施設で看取ることについての社会的合意がなされていないことです。

しかし社会的合意に関しては、最近急速に変わりつつあるようです。

日本老年医学会が胃ろうの是非について提言を発表したことなどもその一つです。


なお一部のご意見「Living will」が現場では通用しない」というものがありましたが、

これはゆゆしきことです。

ここで論じられるのは、

あくまで治療の是非について本人の意思が確認できない場合であって、

Living will などで本人が明確に意思表示しているのに、

その意に反した治療が強行されるのであれば、これは全く次元の異なる問題です。


SCCニュース第11号より




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